培養上清とは

培養上清とはなにか

 細胞は、さまざまなメッセージを発して互いに情報交換しています。
細胞同士で増殖のスピードや分化の程度などの生体機能を調整しあうのです。
このようなメッセージを担うのが信号分子(signaling molecule)と呼ばれる物質です。
信号分子は分子量3万程度のたんぱく質からなるサイトカインや成長因子などで構成されていますので、生理活性物質(bioactive substance)ともよばれることもあります。
また信号分子や生理活性物質は、培養液のなかに溶けていますので可溶性因子(soluble factor)と呼ぶこともあります。呼び名は違いますが意味はみな同じなので混乱しないように、ここからは生理活性物質に統一しましょう。

 細胞の作る生理活性物質は数千種類にも及び、多彩な生物学的効果を持っていますが、すべて培養液のなかに蓄積しています。この培養液のなかから、細胞や細胞の残骸、代謝物質や老廃物をとりのぞき生理活性物質だけにしたものが「培養上清」(conditioned medium, supernatantなど)とよばれるものです。
つまり培養上清とは細胞のつくるサイトカインの複合体であり、これらの生理活性物質を医療に応用するのが「培養上清治療」なのです。
培養上清とはなにか
培養上清のつくりかた
それでは乳歯幹細胞由来の培養上清のつくりかたを説明しましょう。上の図をご覧ください。
まず子供の乳歯から歯髄組織を取り出します。この組織を酵素で分解し、マトリックスや血管、神経組織を濾過して歯髄細胞だけを抽出します。この細胞を子ウシの血清を含む培養液の中で継代培養すると増殖していきます。
(*血清:血液の中の血漿から血球〔白血球、赤血球など〕、凝固作用のあるフィブリノーゲンをとりのぞいたもの)
細胞の数が一定以上に増えた時点で、血清を含まない培養液(無血清培地)に変更します。血清がなくては細胞は栄養がなくなるので生きてゆけません。
細胞はおどろいて、猛烈な勢いで仲間の細胞にメッセージを送ります。
この大量生産された生理活性物質のみを回収したのが培養上清です。
培養上清中のサイトカイン
培養上清中には多くの種類の生理活性物質(ここからはサイトカインと略す)が含まれています。乳歯幹細胞培養上清(SHEDCM)中のサイトカインのごく一部を表にしたのが上の図です。赤字で書かれているのがSHEDCMだけに含まれているサイトカインです。また黒字で書かれているのがSHEDCMにも他の培養上清(骨髄、脂肪、臍帯幹細胞由来)にも含まれる一般的なサイトカインです。注目していただきたいのはSHEDCMの培養上清には神経の再生に関係するサイトカインが他の培養上清に比べて格段に多く含まれていて、濃度も高いということです。このことは神経疾患、(脳梗塞、アルツハイマー病、脊髄損傷、ALSなど)の培養上清治療でSHEDCMがもっとも効果が高いことを示しています。さらに抗炎症サイトカインやマクロファージの形質転換に関係する、MCP-1とSiglec-9の濃度が高いことも重要です。これはSHEDCMには炎症を抑え組織を再生する力が強いことを意味しています。
一方、SHEDCMよりも他の培養上清のほうが濃度が高いサイトカインもあります。つまり培養上清にはそれぞれ特性があり(別の言い方をすれば幹細胞に特性がある)疾患ごとに使いわける必要があるということです。
このように幹細胞の種類ごとに培養上清の特性があり、適応疾患がことなることは重大な事実です。おなじ培養上清といっても、使用した幹細胞がことなれば含有しているサイトカインの組成に違いがでるのは当然です。組成が異なればその培養上清がどの疾患あるいはどの組織の再生に適しているかは異なりますので培養上清を慎重に選択しなくてはなりません。
実際にわれわれがおこなった予備実験では骨の再生効果は骨髄幹細胞由来の培養上清(BMSC-CM)がSHEDCMより優れていました。なぜならば骨関連のサイトカインはBMSC-CMの方が多く含まれていたからです。ですから骨の再生治療にはBMSC-CMを使用すべきです。逆に、神経再生の関連するサイトカインはBMSC-CMよりSHEDCMに多く含まれていました。したがって神経疾患の培養上清治療にはSHEDCMが適しています。
例えば、おなじ「抗がん剤」といってもそれぞれ作用機序、標的細胞がことなるのですから、どの種類のがんにも同じ抗がん剤を投与するのが間違いであるのと同じです。 下の表では、SHEDCMだけに含まれているサイトカインの効果をまとめてみましたので参考にしてください。

SHED-CMにもBMSC-CMにも含まれる因子

HGF
肝細胞増殖因子
臓器・組織の増殖・再生を促進する
GDF
細胞増殖/分化因子
組織の再生や増殖を促進する

SHED-CMにのみ含まれる因子

神経保護作用

Insulin
インスリン
人体・組織の成長をコントロールする
HGF*
肝細胞成長因子
神経の増殖と再生を促進する
PIGF
胎盤成長因子
血管を新生する
NCAM-1
神経細胞接着因子
神経の発生に重要な働きをする
VEGF-A
血管内皮細胞増殖因子
血管・リンパ管の新生に関与する
SCF
幹細胞因子
血液の形成に関与する
GDF-15
成長/分化因子
神経の成長と分化を促進する
EG-VEGF
内分泌線由来血管内皮
細胞増殖因子
血管新生に関与

神経軸索伸長作用

TACE
TNFの変換酵素
創傷治癒を促進し
炎症をコントロール
NrCAM
神経細胞接着因子
脳神経のネットワークを再構築する
MMP-2
マトリックス・メタ・プロテアーゼ
細胞外マトリックスの再構築
MMP-3
マトリックス・メタ・プロテアーゼ
コラーゲンの分解に関与

抗炎症作用

IL-28A
インターロイキン28A
細胞増殖を抑制する作用

マクロファージの調整作用

Siglec-9
シアル酸結合Ig様レクチン9
炎症型マクロファージを制御して炎症を抑える
 このように培養上清中のサイトカインは非常に多彩で現時点でもすべてが分析できているわけではありません。しかもそれぞれのサイトカイン量はきわめて微量です。そのうえ上の図でもわかるように、GDF-15(増殖効果)とIL-28A(抑制効果)のように効果が相反するサイトカインも含まれています。それでも組織は再生します。
なぜでしょう。実はこのことこそが「培養上清治療」の特徴なのです。一般的な薬物療法は一種類の薬剤(サイトカインを含む)を大量に投与して病気をなおします。
だから場合によっては副作用があらわれます。しかし培養上清治療では微量のサイトカインの複合作用によって組織を再生させます。いわば自然治癒の過程で起こっている現象を再現するわけです。したがって副作用はほとんどみられません。いうならば培養上清は、「幹細胞が生んだ天然薬」なのです。
本章では培養上清の作り方、それに含まれるサイトカインの組成と適応疾患について解説しました。
最後に、培養上清を実際に臨床応用する場合の適切な投与量について言及したいと思います。医療関係者の方々が自分の患者さんに培養上清治療を行う際に、投与量の決定が一番問題になるでしょう。一般に培養上清のヒト投与量は、動物実験で実証された有効投与量を基に理論値が算出されます(「培養上清の安全性」参照)。したがって動物実験の裏打ちのない、培養上清の投与は非科学的といわねばなりません。さらにこのように科学的な手続きを経て決定された投与量をもとに多施設共同研究を重ね、それらのデータのメタ分析を行い、最終的なプロトコルを決定する必要があります。SAISEIKENでは現在、糖尿病、アルツハイマー病、関節リウマチ、アトピー性皮膚炎、慢性脳梗塞などで多施設共同研究とデータ解析を実施しています。
適切なプロトコルを確立し皆さまと共有し、安全で有効な培養上清治療をすすめてまいります。

*メタ分析(meta-analysis:複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること、メタ分析は根拠に基づく医療(EBM)において、もっとも質の高い根拠とされている。

培養上清治療の期待できる疾患

培養上清にはそれぞれ特性があり、どの疾患にどの培養上清を使用するのがベストかを調査したうえで使用する必要がある述べました。名古屋大学の上田実名誉 教授の長年にわたる研究や臨床経験により立証されたエビデンスはSAISEIKEN独自のプロトコルにより厳格に管理・抽出された印の培養上清液のみ有効です。 国内外のすべての様々な培養上清治療に適用されるエビデンスではありません。
培養上清治療について詳しくはお問い合わせください。

幹細胞治療と培養上清治療の比較

現在世界中で、これまで治療法がなかった難病に対して幹細胞治療の臨床試験が行われています。つぎつぎに発表される論文では幹細胞治療の持つ大きな可能性が示されています。しかし現時点で行われている幹細胞治療はあくまで実験的な医療であることをわすれてはなりません。患者数全体から見ればごく一部の患者さんに対して行われた特殊な医療なのです。幹細胞治療を誰でもがうけられる一般医療にするためには、多くのハードルをクリアしなくてはなりません。なかでも幹細胞のがん化リスク、肺栓塞は最初に解決しなければならない問題です。新しい医療技術の開発に求められる「絶対条件」は安全性だからです。残念ながら生きた幹細胞を移植する限りこれらのリスクを完全に消去することはできないのです。仮にリスクをゼロにできたとしても、幹細胞の規格化、保存法、輸送法、投与法などの課題が残っています。そのうえで治療費用、治療時間などの現実的な問題に向き合わねばなりません。とくに治療費用の問題は今後すべての先端医療の開発で避けて通れない課題といえるでしょう。
培養上清治療が実用化したときのもっとも望ましい姿は、培養上清が、いつでもつかえて一定の治療効果が保証された「既製品」であることです。また培養上清治療をうける患者さんにとってもそれを投与するドクターにとっても負担の少ない医療行為であり、それらが適切な費用で行われなくてはなりません。SAISEIKENはこれらの条件を整えるために努力を続けます。

培養上清治療は幹細胞治療の進化系として生まれました。
培養上清治療は幹細胞治療と同等の効果があることはほぼ間違いがありません。
培養上清治療は幹細胞治療の優れた治療効果を、幹細胞の移植なしに実現できます。
幹細胞移植に伴うさまざまな問題を一気に解消し、再生医療の恩恵を適正な価格でだれもが享受できてこそ、再生医療は真の大衆医療になることができるのです。
培養上清にはこれを実現する力があります。
幹細胞治療と培養上清治療の比較
最後に培養上清治療と幹細胞治療の比較を上の図にまとめてみました。
培養上清治療が新しい再生医療として確立されることによって、これまで治療法がなかった難病に苦しむ患者さんに勇気と希望がもたらされることを願います。