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2022/04/18

プレスリリース後の経過報告「筋萎縮性側索硬化症(ALS)-世界初の培養上清治療とその余波」

培養上清治療は、幹細胞の産生する生理活性物質で臓器を再生するという新たなコンセプトで、2010年以降さまざまな臓器に対する治療効果が検証されています。なかでも乳歯幹細胞培養上清( SHEDCM: Stem cell from human exfoliated deciduous teeth derived conditioned medium ) の神経変性性疾患に対する効果は、名古屋大学を中心に網羅的に検討されてきました。

多くの神経変性性難病の中でも「筋萎縮性側索硬化症(ALS:Amyotrophic Lateral sclerosis)」は、特別な位置を占めています。きわめて深刻な病態にもかかわらず、原因や発症の仕組みがまったく未解明であり、有効な治療法がないのです。われわれは、これまで行われた研究成果を総合的に検討し、2021年1月、SHEDCMを用いたALSの臨床研究を実施しました。

ALSは脊髄に原因不明の激しい炎症が発生し、運動神経が損傷し、脳から筋肉への指令が伝わらなくなります。いったん罹ると症状の進行が止まることはなく、しだいに全身の筋肉が侵され、最後には呼吸筋が働かなくなり呼吸不全で死に至ります。発症から死亡までの期間は3〜5年という残酷な病気です。

われわれはALSに対するSHEDCMの効果を確認するために、はじめに動物実験をおこないました。ALSマウス(SOD1遺伝子を欠いたトランス・ジェニック・マウス)にSHEDCMを投与し、筋活動、生存率、疾患重症度に対する影響を調査しました。その結果、SHEDCM投与後はALSマウスの複合電位が正常域に維持され, 重症度も生存率も悪化することはありませんでした。これによりSHEDCMのALSに対する有効性が確認されました。

その5年後に世界初のALS患者に対する培養上清治療が行われました。患者は、68歳の男性でALS重症度(*)は4~5という深刻な状態でした。パーセント肺活量は直近2か月の間に82.1%から66.5%に低下し,病状が急速に悪化していることがうかがえました。ただちにバックアップの体制が組まれました。主治医の理解と情報提供が得られ、訪問看護師の積極的な協力体制が構築されたのです。

ALSに対する培養上清治療は過去に、1例も行われていません。しかも世界中で行われている幹細胞(MSC)を使ったALSの治験はほぼ全滅状態で有効性を認めた例はありません。それでも他に治療法がなく、理論的に可能性があり、患者本人、家族がつよく望み、主治医の承諾と協力が得られるなら、チャレンジする価値があると判断し治療を決定しました。

 

*ALS重症度分類:重症度1:家事、就労はおおむね可能、重症度2:家事、就労は困難だが、日常生活はおおむね自立、重症度3:自力で食事、排泄、移動のいずれか1つ以上ができず介助を要する。重症度4:呼吸困難、痰の喀出困難あるいは嚥下障害、重症度5:気管切開、非経口的栄養摂取、人工呼吸器使用

主治医のアドバイスにより1回目の点滴は患者の自宅で行われました。われわれは固唾を飲んで経過を見守りました。数日後に家族から送られてきた動画には患者の拘縮し固まっていた四肢関節が手を添えればスムーズに動くように改善している姿が映し出されていました。さらに数回の点滴治療が行われた後には、随意的に首と舌を動かすところまで症状改善がすすみ、現在も続いています。その間、呼吸機能の低下はストップし、室内気でSp02の値は95%以上を安定して保っています。

私たちはSHEDCMの点鼻および点滴投与で、呼吸機能の悪化を停止させ、ALS特有の全身硬直(痙縮:Spasticity Contracture)の解除と一部随意運動の回復に成功しました。これにより患者のQOL(生活の質)やADL(日常生活動作)が大幅に改善したのはいうまでもありません。

ALSに対する培養上清治療は未知の領域です。治療の前にためらいがなかった訳ではありません。しかしためらいがあったとしても、それはそれで大きな価値があります。ためらいが強ければ強いほど生れ出てくるものは豊かであり、やがて確かな医療として確立され多くのALS患者を救えるからです。

われわれはこの貴重な経験を世界の医学研究者と共有するために、治療の詳細をNeurology and Neurorehabilitation電子版(2022,Vol. 4,Issue 2)で発表しました。同時に2022年1月12日、共同通信を通じてプレス・リリースされました

 

論文発表とプレス・リリースの「余波」は予測をはるかに上回るものでした。

発表後わずか3か月(4月12日現在)で、SAISEIKENと連携クリニックに患者本人または家族から寄せられた問い合わせ件数は80件に達し現在も増え続けています(表)。これには海外からの問い合わせが2名、待機中に死亡した患者が1名含まれています。彼らは例外なく強く治療を希望しました。しかし実際に来院し治療できた患者は6名にすぎません。

先行治療が行われた6名の患者は全員が男性で、年齢分布は40代が3名、50代1名、60代1名、80代が1名です。患者の重症度分類(*)は重症度1が1名、2が1名、3が2名、4が2名でした。SHEDCMの投与は進行中ですが、全員のALSスコアに改善がみられ、なかには介助なしに歩けない状態(ALSスコア・2)から正常歩行に近い状態まで(ALSスコア・4)に改善した例もありました。ただし治療の有効性を確定するにはより多くの症例での長期観察の結果を待たねばならなりません。

とはいえ培養上清治療が奏功したのが1例にとどまらず、その後に行われた6例でも一定の効果がみられたことは重要です。SHEDCMによる培養上清治療がALSの有望な選択肢であることを強く示唆しています。

 

*ALS機能評価スコア改訂版(ALSFS-R : The revised ALS Functional Rating Sore)

 

一方、培養上清治療を希望しながら断念せざるをえなかった患者の声は悲痛という言うほかありません。遠方で通院ができない人、全身状態が悪く外出できない方、培養上清の最低有効投与量の関係から、治療費が高額になり治療をあきらめざるを得なかった方々です。それらの患者が発した「藁をもつかむ思い・・」「この先を思うと自裁ということも・・」という言葉は私たち治療スタッフに大きな衝撃として受けとめられました。ある神経内科医の言葉がうかびました。「ALS専門医はまるで教誨師のような仕事だ」。私は恐ろしいことを知ってしまったという後悔のようなものが胸にわきました。

 

私たちは今回のALS治療を通じてSHEDCMのもつ大きな可能性を感じています。より多くの方々の治療ができるように、1日も早くSHEDCMの大量生産システムを整備し、培養法の改良によるさらなるコストダウンを図り、治療のできる医療施設のネットワークを構築しなくてはなりません。そのためには善意の寄付金や少数の篤志家の支援で治療を実施する今のような体制には限界があります。国の法整備、マスコミによる情報発信、大規模な臨床治験を経た薬事承認と保険導入が必要なのです。

ALSの患者、家族には時間がありません。いまこそ国や企業の支援が求められています。